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EverLearning!

野本 竜哉 による、ICT機器を活用した学習の動向をレポートするブログ。ここでの投稿内容は、所属組織を代表するものではなく、あくまで個人としての情報発信となります。

教育ICT推進の背景2:転換点編

PEG-S500C。 未だにその型番が直ぐに出てくる、自分を変えたデバイスです。

私が情報系+教育分野の道に進みたいという思いを確固たるものにしたもの。それが「パーソナルエンターテイメントオーガナイザー、CLIE(クリエ)」でした。13年前の製品ですが、まだ情報ページが残っていました。http://www.sony.jp/products/Consumer/PEG/PEG-S500C/top.html 

いわゆる「ハンドヘルドコンピュータ」と呼ばれる、PCと同様にCPUやメモリを持ちPalmOSを搭載、アプリケーションを追加することもできたモバイルガジェットです。
(今のように回線経由でアプリケーションをDLするのではなく、USB接続した母艦PCからソフトをインストールする方式でした。が、多くのスケジュールやタスク、連絡先情報等を 「同期」するという、昨今のクラウドで当たり前の概念が既に12年前にこうした形で 存在していた、というのはまぎれも無い事実です) 
スタイラスと呼ばれるペンおよび指先でのタッチUI、インターネットブラウジングやPCドメインでのメール送受信も可能。「スマートフォン」の先駆けとも言えるデバイスで、当時存在したWindowsCEを搭載したPocketPCと比較しても小型軽量。真に携帯可能なコンピュータがついに登場したと興奮したものでした。

既にPalmOS上で動作する単語帳アプリや辞書と連携するメモ帳、更にはBASICのプログラムを組んでその場で実行できるアプリなどいくつか教育用途に活用できそうなアプリが存在しており、その多くが米国発でした。母親が教員、父親が大学勤務だった私は、教育分野の話を幼少から聞かされることが多く、さらに父の仕事の都合で幼少時に2年弱ほどを米国で過ごしましたが、当時から両親は良く「ICTの教育活用は米国が進んでいる」といった趣旨の発言をしていました。事実、PalmOS自体も米国でPalm社がデバイスとともに開発されたもので、こうした教育向けのアプリケーションは多くがソニーがCLIEを国内展開する前に米国でリリースされたものでした。

私はすぐにCLIEに飛びつきました。通信手段にはデータ通信を優先し、PHS回線を用意しました。(これが私が始めて契約した携帯通話端末でした) これを活用し、時折出先で通信したり、高校に持ち込んで辞書やメモ代わりに活用したりするようになった。(電子辞書の延長という形で、とくに先生からは何か言われるというともありませんでした。今思えば、相当先鋭的な事をやろうとしていた高校生だったのかもしれません)
当時は定額制の概念が無かったこともあり通信は金額を気にしながら、かつ低速で不便でしたし、ハード性能起因の制限事項もかなりありましたが、PCで出来る事の一部がどこでも可能になるという事の重要性は非常に感じていました。むしろ、モバイルだからこそ価値が高まるという事実も強く認識していました。

CLIEの登場を機に国内でもアプリ開発や活用事例が増えてくる事をインターネット上で知るにつれて、うっすらとこう考えるようになりました。
・ハンドヘルドコンピュータを誰もが常時携帯して歩く日がいつか来る
・たぶん、それは携帯電話/PHSと一体化したものになる
・そのデバイスが教育に活用されるようになる
・そうした動きはおそらく米国から始まる
当時の日記などで既にこのような事を言及していた事に自分でも驚きます。これらはすべて現実になりました。

こうした経験から、自分にはプログラミングや英語が必要な時が来る、と確信したのです。当時私は、CLIE上で動く「理解度テストアプリ」を作成し、通信により他のユーザーとデキを競うようなアプリを作れるようになりたいと考えるようになっていました。
(今では、当たり前のような存在になってしまいましたが、当時はまだそういった考えで開発されたアプリは殆どなく、現実に作っていたら相当なインパクトだっただろうな…と 今更ながら後悔していたりします)

が、その為にはきちんと大学に入って、必要な勉強や環境を手にしなければならないという現実も、改めて突きつけられることになりました。諦めていた受験でしたが、これをきっかけにやり直そうとようやく重い腰を上げたのが高校3年生の冬。当然、時既に遅しで、結果的には急遽切り替えた情報系の志望校には全く歯が立たず、地元の予備校にて浪人することになってしまいました。

しかし、こうした努力のための地に足がついた「動機付け」が出来たことは、理系なのに数学や理科が全く出来ないというコンプレックスに立ち向かう勇気にはなりました。こうした「出会い」がなければ、私はこの段階で受験を諦め、まったく違った道に進んでいたかもしれません。

なので、私は今でもソニーを「人生を変えてくれた会社」だと思っています。今でも心からソニーという会社を応援しています。

さて、こうした「ICT」という視点を持ちながら浪人生活に突入して、私はまた一つ有る事を確信するに至ります。それは、予備校が提供する授業の「質」でした。同時に、その授業を効率化するために、まだまだICTが出来る事があるのではないか…。
期せずして浪人生活は2年に及ぶ事になってしまいましたが、その2年間の間に自身の中で様々な「考え方」と「世の中に対する疑問」が芽生える事になります。

(次回に続く)