EverLearning!

野本 竜哉 による、ICT機器を活用した学習の動向をレポートするブログ。ここでの投稿内容は、所属組織を代表するものではなく、あくまで個人としての情報発信となります。

教育ICT推進の背景4:携帯編

3年間に及ぶ受験生生活、流石に3度目のセンター試験ではある程度の結果が出たためセンター利用の私立大学でいくつか合格を確保も、国公立はやはり撃沈…。最終的に、選択肢は芝浦工業大学 通信工 と 工学院大学 情報工 の二つに絞られました。

この中から「教育×ICTを扱っている研究室がある」という理由で、工学院大学を選びました。たぶん、大学入学時の段階で研究室を見て決めたという人は少ないと思います。それくらい、大学選びの段階で自分は「教育とICT」を軸にしていたとも言えます。 

 

大学では高校で経験した「一度振り落とされたら挽回に数倍の時間がかかる」という教訓から授業はほぼいつも最前列近辺、レポートや課題も仲間といっしょに取り組み、趣味として音楽部や写真部で活動も行うという充実した生活を送っていました。プログラミングや電気回路など情報系の学習を進めながら、目前で経験している事はICTでどうやったらもっと効率化できるのかな、といった事を常日頃から考えるうちに、次は「ICT機器を扱うアルバイト」を経験してみたくなりました。

 

そこで、土曜日の授業が無くなった2年生になったタイミングで、販売系のアルバイトの人材派遣会社に登録。最初はICTの活用という意味でPCの販売に携わりたいと考えていたのですが、当時需要が多かったのが「携帯電話」の販売支援。割り当てられたのは「au」でした。これが私の人生の次なる転機になったように思います。

 

携帯電話の進歩は本当に目覚ましいものでした。当時、すでにアプリを携帯電話に入れて利用する環境は一般的になりつつあり、誰もが持っている携帯電話がちょっとした学習支援のツールに活用し得るレベルにまで到達していたからです。

また、「サーバーにて複雑な処理を行い、結果だけを端末に返す」という方法が既に実用になっていたのを知り、そこに大きな可能性を感じました。当時、A5501TというGPS歩行ナビ対応に初対応した機種が発売されたばかりだったのですが、ルートをサーバー側で計算してその結果を送り返しているという仕組みを初めて知ったときにはけっこう感動したものです。

 

「携帯電話を活用した教育ソフトの時代はすぐそこまで来ている」

そう感じた私は、料金プランや機種別の機能、他社との比較などを徹底的にやり、当面携帯電話の進化に触れ続ける為にも、このアルバイトを続けようと思いました。最初の業務は「現場の欠員を補うヘルプスタッフ」。性質上、関東圏のあちこちの現場に行く事になったのです。

 

しかし最初は、まったく売れませんでした。販売店からは相当な嫌味も言われましたし、現場ではドコモ、(当時はまだ)ボーダフォン、ツーカーなどが厳しく競り合っており、目の前でお客様を奪われたり、接客がしやすい立ち位置をつぶされたりといった露骨な嫌がらせを受けたこともあります。売れない販売員はこんな仕打ちを受けるのか、と、相当悔しい思いをしました。

そこで、とにかく自分は「知識で戦おう」と思い、販売店にお客さんとして出向いて他の人の接客スキルを獲得したり、新製品説明会があると聞けば頼んで参加させてもらったりして、会場ではメーカーの担当者に質問しまくり、カタログには無いPRポイントなども仕入れていきました。

その結果、だんだんと「数字が出せるピンチヒッター」として認めてもらえるようになり、やがて「auキャンペーンディレクター」としてキャンペーンスタッフをまとめる役割を任されるようになったのです。結果、この仕事は大学院を卒業するまで5年半ほどお世話になる事になりました。

 

さて、この携帯電話の販売を通じて自分が知った事の中でも、教育につなげるうえでキーになりそうな「世の中のこと」が沢山分かりました。

 

・月額料金プランや端末選定の決定権は圧倒的に「お母さん」が握っていた

・料金に対する親の目線は想像以上にシビアだった

・このため、他社より非常に充実していた「使い過ぎ防止機能」が強力な武器になりこれを理由にかなり他社からの乗り換えを獲得できた

(特定アプリや特定機能のみ禁止等の設定が「端末内で」可能な機種が多かった事がかなりの武器になった。これを強調していた販売員は当時少なかった) 

・「心配ないから持たせない」「心配ないから持たせる」「心配だから持たせない」「心配だから持たせる」という、親の携帯に対する様々な認識が垣間見えた

・とはいえ子供が機能の中で「これだ」というものがあれば、意見が通り購入を決断する親も少なくなかった

・そうした機能のひとつ「辞書機能」なども最初は好評だったが、「メールを打っていると誤解される」「学校で使えない」といった声からあまり支持されることがなかった

・ケータイは「遊びのツール」として親の目の敵にされるケースが非常に多いと分かった

 

当たり前といえば当たり前なのですが、携帯を買いにくる人の殆どの目当ては「連絡を取り合う事」であり、その上のアプリや有意義なサイトまで踏み込んで端末やキャリアを選ぶ人はごく少数でした。

学習向けに役立ちそうなサイトやアプリもいくつか押さえていましたが、そうした知識が現場で役立つ事はほぼ皆無でした。親の制限から離れた大学生はある程度関心を示したものの、携帯コンテンツに大学生の需要を満たせるものが少なかったために、反応は芳しくありませんでした。

 

中学・高校の親となるとさらに厳しい意見が多数。そもそも、小さな画面でプチプチと文字を打って学習なんて、という声が大半。決裁権を持つ親がその価値を認めてくれる事は殆どなかったのです。

また、学校が携帯電話を厳しく規制しているケースも多く、辞書などの機能や学習向けアプリが使いたくても使えないという声もありました。

カメラで単語にフォーカスを合わせるだけで訳が出てくる(シャッターは切らなくてもいい)という機能も登場しましたが、その説明をした時に言われた衝撃的な一言がいまだに忘れられません。

「親としては遊んでいるか勉強しているか分からなくて困るんだよね、こういうの」


携帯での学習機能に対する世間の考え方は非常に「冷たい」という事を思い知らされたのです。

 

こうした事から浮かび上がってきた事実として

・携帯電話の「負の側面」が大きな問題であり

・「負の側面」が親の理解の範疇を超えていて

・危険性があるとして全体を禁止する風潮がある

 

という世の中の考えが自身に立ちはだかりました。たとえ、CLIEのようなPCに近い携帯電話(今のスマートフォン)が登場したとしてもこの考え方はそう簡単には動かないだろう、と、肌で感じたのです。

 

「大きな可能性」を「よく分からない厄介者」として押さえ込まれてしまう。教育とICTを考えていくうえで、この問題は非常に根深いものだと、日に日に感じる一方で、3年生にあがってからはまた別の観点も生まれました。

 

続きます。