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EverLearning!

野本 竜哉 による、ICT機器を活用した学習の動向をレポートするブログ。ここでの投稿内容は、所属組織を代表するものではなく、あくまで個人としての情報発信となります。

大学生は立派な「お客様」です

色々と内容やコメントに問題が多々有る「発言小町」での以下の記事に触発されたエントリです。今日は自身の経験に即したかなりの「極論」を書きます。

発言小町】研究室で、学生が教員に「客に対してその態度は何だ」といいます
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2013/1205/632269.htm

こちらの投稿に対して付いているコメントがあまりに「学生が悪い」一辺倒で閉口しました。発言小町自体はいつもこういうコメントで溢れがちではありますが、これに関連して他の匿名/実名ブログでもこの件が取り上げられているのを見て「小町だけの偏った話ではなさそうだ」と感じてこのエントリーを書く事にしました。

私の主張は以下のふたつ。

1.そもそもこの発言小町の元記事は状況説明が全くないので、これで一概に学生が悪いと決めつけられない。

2. この状況であれば「大学側にも問題が有る」と考えて然るべきである。

上記について書く前に、当方の立場を明確にしておきます。
私は自分で貯めたお金+アルバイトで学費・生活費ともに自費で”私立”の大学院を卒業しています。よって大学に「教育サービス」を求めて支出した”いち消費者”の立場です。(※今回はあくまで「大学」の話で、小中高は事情が異なる点をお断りしておきます。)

上記の前提とし、まず言いたいのが「学生は大学に教育サービスを求めている顧客であることは”事実”」ということです。一方で、一般的なサービス業と同様に「顧客がサービスを活用したり、それを元に成果物を生成するのは自分自身の責任で行う」こともまた事実です。レストランに例えれば食事を提供するのが「サービス」。ただし、食事中に油が跳ねて服を汚したらそれは自己責任。

大学も基本的には同じだと思っています。教育サービスを受益した学生が就職に失敗したり研究で成果が出ないのは「自己責任」ですよね。(2013/12/9追記 たぶんここの記載が誤解を呼んだと思いますが、大学の教育は就職を目的にやっているとは全く考えていません。学問です。学生は学問を求めて授業料を支出しており、それについては即効性は求めていないでしょう。) もし今回の発言小町で飛び出した「俺は客だ」発言がこの自己責任の範疇での話であればそれは「学生が悪い」でThe Endです。
が、学生がここまで言う背景には少なくとも「大学に対する不満」があるはずです。発言小町での例では、教授の物言いや指導方針が学生にとって不満であった事が読み取れます。
基本的に右にならえ、普通が美徳という人が多い日本人が敢えて「不満」を言うには、相応のエネルギーが必要です。原因は必ず有るはず。それを今回の事例からきちんと分析するべきというのが 1. の「学生が悪い」とは一概に言えない所以であり、2. を考えるべき証左です。

では大学は顧客=学生が求めている「教育サービス」を充分な品質で提供出来ているのか? を考えてみます。 こう質問されると「うっ」となる関係者の方が恐らく多いはずです。

大学が学生に提供している主たる教育サービスとは勿論「授業」や「ゼミ」、「研究指導」の事です。私は在学中に素晴らしい授業やゼミ、指導をしてくれる教授や講師に沢山出会えました。一方で「金返せ!」と言いたくなるような酷い授業も沢山見てきました。例えば。

・学生が騒いでいるのに注意ができない

・説明が下手すぎて何が言いたいのか分からない

・自分の書いた教科書をなぞっているだけ

・教室の学生の半分以上が寝ている(要はつまらないorわからない)

後述しますが、直前まで予備校で「話のうまい先生」の授業を沢山受けて来た直後、大学がこういう感じだったので、「幻滅」することの方が多かった。個人的には話が下手な人はある程度練習してから教壇に立ってください、迷惑です、くらいに思っていました。
仮に、こういう先生が「自分たちを”客”だと思っている学生はけしからん!」などと言っているとしたら、健全な大学運営の為にも是非とも改心してもらいたいものです。先生側が学生の求める教育サービスに到達するのが先です。

こう書くと色々と反論が来そうなので幾つか思いついた補足も書いておきます。
社会に出て行く中で、説明が下手だったり話が面白くない人とも付き合う必要はあるので、つまらない授業からも「楽しさ」を見つける力を身につけることは、それはそれで重要です。ですが、「内容」や「科目」に惹かれて集まって来た学生が総じてガッカリするような授業が毎年続いているようでは、学生にいくらなんでも学生に不要な忍耐スキルを求め過ぎです。学生の目線を大事にしてあげてください。

また、「単位」認定の権限を教員が持っている以上、ある程度学生は”おとなしく従う事”を覚えるのも重要、的な意見も見ました。それはそれで事実かもしれません。が、そういう先生は居たとしても全体の1-2割で充分です。「とりあえず単位のために出席だけして 寝る or 内職 or こっそり遊んでる」で、テスト前だけ頑張ったりゴニョゴニョして単位認定されるケースが全体の半分以上であれば、そこの学生はおとなしく従い過ぎなので、社会で別の問題を引き起こすと思われます。そっちの方が心配です。

ちなみに、多くの場合学費を払っているのは生徒自身ではなく親だろう! という主張もありますが、お金を出すのが生徒か親かって授業やゼミの品質に関係ありますか?  親が払っているとして、では残念な現状をみた親はどう思うでしょうか?

結局の所、授業やゼミが面白い、身に付くものがある、となるだけでも大学は相当魅力的になり、学生の不満も減るはずなのです。口コミで次の学生が集まってくるかもしれない。そこに対する努力が「学生から見て」足りていないのであれば、少なくとも教員や大学関係者は学生を批判する権利は無い!と私は思っています。少なくとも意見から「不満の真意」を汲み取って「改善」する事をやらなければならない。不満から学べない組織や人が残念なのは間違いないはずです。
それに、Ednity 佐藤 見竜 CEO の「大学卒業までに重要なのは”学び続ける習慣”を身につけること」という言葉が私はとても好きなのですが、大学の教育サービス(= 授業やゼミの品質向上) は学生自身が「自走式」になる為のきっかけを与える重要な行為だと思うのです。そこにもっと注力してほしいと、在学中に何度思った事か。

勿論、教授や講師の皆さんは雑務や研究に追われて授業準備に費やす時間が足りない、という声が多い事は把握しています。でも、教育者の役割は自分自身の研究成果で名を挙げることではなくて、多くの若者達に学ぶ楽しさや難しさ、学ぶ事の意味を伝えることなのではないでしょうか? 授業と研究をハイレベルでバランスさせることが腕の見せ所ではないでしょうか。
(理想論、外野の意見であることは重々承知です。が、実体験として本当に不満だったのでこれは声を大にして言いたい)

そういう意味では、学生による講師の評価はもっと多くの大学で積極的に(給与に影響を及ぼすくらいまで)活用されてもいいと思っています。講師本人に具体的なフィードバックがなかったり、講師がフィードバックを求めない/見ていない/受け入れない としたら無駄なので、フィードバックか講師どちらかをやめさせるべきです。
なお、よく聞く「学生に迎合すれば好評価になるので問題」という声ですが、学生をバカにし過ぎです。学生だって目的があって大学に来ているわけですから、その目的に適っているかどうかくらいは判断します。また、実際に学生による授業評価がかなり強力に作用している事例があります。

それは「大学受験予備校」です。環境の違いは当然ありますが、授業評価に限って言えば学生による講師の評価は頻繁に行われており、評判が悪い先生は教室サイズ縮小や解雇が普通にあり得ます。(2年浪人したのでこういう部分に気づいてしまった)
しかも、仮に指導が厳しくても、授業が分かりやすい、面白い、身に付くものがある先生の授業はきちんと評価されていました。学生は間違っている生徒に対して、きちんと「怒ってくれる」ことも求めているからです。そういう人気講師は、座席が前から埋まっていくのですぐ分かります。超人気講師だと朝から前方席確保を目的に学生が校舎前に並ぶ事もあるくらいです。逆にダメな先生は前方に空席が目立ちます。

結局の所、こうした「大学側の問題」も多々あるのに、一概に「学生が悪い」と決めつけてかかるのはある意味「思考停止」とも言えます。特に若い立場の人たちはこういった決めつけをいつも受けていてウンザリしています。今回の発言小町関連でも予想通り「これがゆとりの弊害か…」とか「親の教育が悪い」みたいな事をドヤ顔で言っている人が居ますが、こういう借り物思考はやめてほしいです。誤解や偏見は次の世代の育成に貢献しません。


なお、学生向けにも一言だけ。
「教育サービス」、あるいは「就職支援」などの大学が提供するサービスそのものに対しては「お客様」でいいです。ただし、提供されたサービスを元に自己責任の範疇で行った結果に対して「お客様」として振舞うのはマナー違反です。食事中に油が跳ねて服が汚れたとスタッフに文句をつけるような人には、ならないでくださいね。