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モチベーションワークス株式会社 および 一般社団法人iOSコンソーシアム 代表理事 野本 竜哉 による、ICT機器を活用した学習の動向をレポートするブログ。ここでの投稿内容は、所属組織を代表するものではなく、あくまで個人としての情報発信となります。

清教学園が挑む「eポートフォリオ」の活用と「学びのステークホルダーに対するコミュニティ作り」

先日、大阪府河内長野市にある私立の中高一貫校「清教学園中・高等学校」を訪問してきました。同校は全国の私立中高一貫校で唯一、文部科学省の「高大接続」「高校教育の質の確保・向上」「大学入試改革」の調査研究の委託先に選定されています。しかも”グローバル時代や教育の多様化を見据えた「大学受験」だけに縛られない人間教育を目指す”という方針も掲げており、それを実現する仕組みのひとつとして「e-ポートフォリオ」というシステムが運用されている点に筆者は注目しました。このシステムを授業に積極活用している、同校の特任教諭 田邊 則彦先生と、同システムを開発した 株式会社NSDの川畑 雅哉様にお話を伺いました。

(田邊先生にはご厚意により高校3年生の授業も見せていただきました)

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左:清教学園 特任教諭 田邊 則彦先生、右: NSD 川畑 雅哉様

eポートフォリオは、生徒の学習履歴や成果物を集約し、中高6年間の学びの「ポートフォリオ※」を形成するために導入されています。webベースのシステムで、PC、タブレットスマートフォンなどOS/デバイスを問わず閲覧することが可能で、生徒や教員だけでなく保護者も閲覧や利用が可能となっています。

ポートフォリオ:画家・写真家・デザイナーなどが自分の作品などを集約してまとめ、自身を知ってもらうために利用するものを指します。ここでは自身の学習成果物が「作品」として集約されているという意味合いになります。

一般的なLMSと大きく異なることは、単なる「課題の出題・提出」といった「蓄積」の要素だけではないことです。”自己評価”、”相互評価”、”教員による評価”といった「多面的評価」を実現するプラットフォームとしても機能しているのがポイントで、システム上に提出された課題や作品に対して教員やクラスメートがコメントをつけ合い、そこでディスカッションすることを通じてさらなる改善を押し進める「学びのPDCA」を加速するための仕掛けが用意されています。
(相互評価を実施するかしないかは教員が課題ごとに選択できる)

田邊先生は、このポートフォリオとここに集約される様々な作品に対する評価を「進路先が求める人物像にマッチするよう、学習成果物を適切に組み合わせ、自身の”軸”に合わせたストーリーを構築する材料にしてほしい」とお話されていたのが印象的でした。
現在進められている大学入試改革では、各大学が明確に「アドミッションポリシー」を制定することが求められているほか、いわゆる「知識の再生」だけに依存しない大学入試における選抜方法として「面接」や「小論文」などの活用も挙げられています。そうした動きを先取りして生徒達が準備できるような「ポートフォリオ化」を今の段階から進めている、と見ることができるでしょう。
実際にこのe-ポートフォリオを活用している授業を見学することができたので、その模様をお伝えしていきます。
※写真掲載には学校および生徒から事前に許諾を得ております

一人1台のiMacがある情報科教室

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今回授業を見学した教室は一見、理科室のような大きめな白い机が並んでいるだけの情報科教室。しかし、机上に見える枠のような部分をあけてハンドルを引き出すと、なんとiMacが登場。このiMacを使って、今回は2時間連続の授業を使い、「卒業論文」を「iBooks Author」を活用して「iBooks形式」に変換し、手元の「iPad」で確認しながら作品として仕上げていく活動を行っていました。国公立大学の前期試験直前でこういった授業は珍しいなと思っていたのですが、このクラスは当初から推薦により大学進学が確定しているコースの生徒とのこと。

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授業はまずQuipperを使ったアイスブレイクからスタート。Quipperは日本人が英国で立ちあげた教育系ベンチャー企業で、主に学習のプラットフォームを提供している会社です。田邊先生はQuipper社と連携しながら同システムを独自にカスタマイズやバグフィクスした上で生徒に提供しているそうです。当方が知る限り、学校としてQuipperを使っているのは日本ではここだけではないでしょうか?

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アイスブレイクの後、本題のiBooks作成作業に移行。こちらが冒頭の「eポートフォリオ」の画面。ここには、生徒達が卒業の要件として制作した40000字規模の「卒業論文」が格納されていました。ちなみに、生徒は論文の書き方(いわゆるアカデミックライティング)を高校2年の頃から約1年かけてしっかり学んでいるとの事で、iBooksにリデザインする中で「引用はどう表現するのか」といった質問が生徒より出ていました。また、iBooks Author特有の表現に戸惑う生徒の様子を見て、「出典にはハイパーリンクなどを使ってジャンプさせるのも手」「Wordから図表がうまくコピペできない場合はスクリーンショットを活用しても良い」といった指示も飛び交っていました。

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写真のようにwebなどから素材をうまく持ってきて見栄えのするデザインに変更するなど工夫をしている生徒も見られました。

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ちなみに、章立てやセクションの関連性などiBooks独特の仕組みなどについては特に先生から指示や説明はありませんでしたが、理解が早い生徒が他の生徒に共有しながら習得していく様子が見られました。普段からこうした生徒同士の学び合いや問題解決を行うよう指導しているということで、授業中生徒達は座席を離れて様々な場所で情報交換をしながら作業を進めていました。

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実際にiPad上でiBooksから出力した作品をプレビューし、完成イメージを確認している様子です。完成作品は.pdfと.ibooks、およびiBooks Authorで編集可能なファイルの.iba の各種形式でeポートフォリオ上に格納し、授業は終了となりました。

成果物に対する相互評価と「学びのコミュニティ」化

この後は、eポートフォリオ上で教員が作品に対してコメントをつけたり、場合によっては生徒に公開して「相互評価」を行うという流れになります。冒頭に述べた通りeポートフォリオwebブラウザベースのシステムなので生徒手持ちのスマートフォンでも閲覧ができます。このため、授業の中だけで使うのではなく、適宜授業外で先生やクラスメートからつけられたコメントを確認したり返信したりすることができます。なんとなく教育SNSに近い形に見えますが、田邊先生は教育SNSはもっと日々の相談や話題などの一般的な用途について使うシーンを想定しており、eポートフォリオは”学習成果物”を通し地域社会や保護者、教員などの「学習者を取り巻く全てのステークホルダーに対するコミュニティに育てていきたい」という考え方をされています。
(逆に、小学校から中学校に上がる時の不安などを生徒や先生・保護者や先生などが会話するような機会は教育SNSに任せる方が良い、とシーン別で利用イメージを明確に分けていらっしゃいました)

株式会社NSDと田邊先生の連携により生まれたeポートフォリオ

授業後には株式会社NSDの川畑様にも詳しくお話を伺うことができました。
このプロジェクトには2011年ごろから関わり始め、ほぼゼロから現在のeポートフォリオを作り上げてきたそうです。2011年から2年程度、海外で使われている近いコンセプトの商品を研究したり、田邊先生の授業サポートなどに関わっていく中でシステムとして必要な要件を集約したり、日本特有の学習評価の考え方などに触れていきます。ベースとなるシステムは2013年に作られ、同年に清教学園に田邊先生が着任してから約2年間、同校が推進しているルーブリック(※2)の活用も踏まえながら進化を続けていき、現在の形になったとのこと。ただ、現時点ではまだプロトタイプという位置付けで、2015年度の早い段階での製品化にむけて活動中とのことでした。
(※2:熊本大学のホームページからの引用「ルーブリック(Rubric)とは、レベルの目安を数段階に分けて記述して、達成度を判断する基準を示すものである。学習結果のパフォーマンスレベルの目安を数段階に分けて記述して、学習の達成度を判断する基準を示す教育評価法として盛んに用いられるようになった。これまでの評価法は客観テストによるものが主流を占めていたが、知識・理解はそれで判断できたとしても、いわゆるパフォーマンス系(思考・判断、スキルなど)の評価は難しい。ポートフォリオ評価などでルーブリックを用いて予め「評価軸」を示しておき、「何が評価されることがらなのか」についての情報を共有するねらいもある。」 http://www.gsis.kumamoto-u.ac.jp/opencourses/pf/2Block/05/05-2_text.html )

また、田邊先生からはアダプティブラーニングの仕組みと連携して、e-ポートフォリオの中に診断機能的なものが入ってくるともっと面白くなる。システム側から学習状況に対していろんなサジェッションが出てくると面白いよね」というコメントもあり、各方面で始まりつつある「学習ログ分析」や「教育のビッグデータ解析」とも連携できると、とても面白そうです。実際に、株式会社NSDもこの部分については非常に期待しているとのことでした。

eポートフォリオの抱える課題

最後に、お二方にお話を伺う中で三つほど顕在化した課題についても記載しておきたいと思います。
1点目は「校務支援システム」の連携です。一般的にこれらは機密性の高い情報を扱うためにネットワーク的に分離された場所に置いてあるケースが大半ですが、eポートフォリオwebブラウザで外部からアクセスできます(eポートフォリオで扱うのはいわゆる”成績”や”評定”よりも前段階の参考情報という位置づけ。もちろん、IDとパスワードによる個々の認証はきちんと行い、情報管理も含めて生徒には学んでもらう意図があります)。
とはいえ、こうしたe-ポートフォリオが扱う情報が適切な形でセキュリティを保ったまま、校務支援システムと連携できると何かと利便性が高いでしょう。このあたりは、e-ポートフォリオが製品版として登場する際には是非とも検討されてほしいですね。

 

2点目は「多面的評価」に対する教員への負担感をどうするかという問題。田邊先生も川畑様もこの点は非常に気にされていて、従来やっている手法+αでなるべく負担感がない(場合によっては現状の先生が個々に手で管理しているものと比較して手間が減る)ように見えるような仕掛け作りを考えているとのことでした。

最後の3点目は、こうしたシステムが広く整備されていく前提として学校内の学習環境(ハード・ソフト・インフラ)の整備が進む必要があるという点。そういう意味では学校そのものにネットワークがなくても使えるセルラータブレット端末や、生徒が個人で持っているスマートフォンを教育にうまく活用すると良いのでは、というコメントが田邊先生よりありました。(当方がKDDIの人間ということを気遣ってのことかもしれませんが、実験的にセルラー端末を導入して検証を行うという事例もいくつか出てきており、当方もその可能性を感じ始めているところなので、このあたりは何かできることがあればなぁと”個人的には”思っています)

 

以上、清教学園の取材レポートでした。

授業だけに注目すると「iMacを使ってiBooksで卒論を加工している」という見え方になってしまうかもしれませんが、実際にはe-ポートフォリオを使った「授業の前後」にその価値があるという点が、今回の取材での一番の気づきでした。「学校の中」に閉じたICTの活用ではその真価は活かしきれない部分がありますので、田邊先生のおっしゃっていた「学習者と取り巻くすべての学びのステークホルダーに対するコミュニティ作り」というコメントには大いに賛同するところです。

今後の清教学園の動きが楽しみですね。