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モチベーションワークス株式会社 および 一般社団法人iOSコンソーシアム 代表理事 野本 竜哉 による、ICT機器を活用した学習の動向をレポートするブログ。ここでの投稿内容は、所属組織を代表するものではなく、あくまで個人としての情報発信となります。

学校におけるIE縛り問題の構造的問題と解決策を考える(後編)

 今回の3部作の後編、いわゆる「解決策を示す」パートだけ、ずいぶん執筆が遅れてしまいました。実は何度か書こうと思って途中で挫折したのですが、悩みに悩んでようやくこれなら国の方針や世の中の傾向、そして自身のITの感覚的に”解決策”として有効と思われる内容がまとまったので、書いてみたいと思います。

 3部作の前編、中編の内容はそれぞれ以下を参照ください。とはいえ、いずれも7000文字を超える分量なので、時間のない方のためにそれぞれのサマリーも書いておきました。

【前編】

it-education.hatenablog.com前編のサマリー
 ・学校における「IE縛り」問題の発端はScratch3.0などのプログラミング教育環境が動作しなくなったこと
 ・IE縛りがあるのは、学校のPC教室などのコンピュータが想定外の使われ方をされないように防ぐことと、「動作することを保証する」ために導入ベンダーが事前に「検証」(=実際に使うアプリやシステムを動かしてみて動作に問題がないかを確認する作業)をできるだけ限定したいため
   →検証には技術者が必要で、検証が増える=その分コストが高くなる
 ・さらにブラウザを増やすことは環境が変わる→質問が増える につながる、パソコンが苦手な人に対して問題が起きたときに電話やメールなどで業者が現場の先生をサポートするための手間が、ブラウザが増えることでより複雑になるといった「サポートコスト」が高くなる要因に
 ・しかし、入札などにより長期間(例えば5年契約など)をしていると、その契約期間の途中で追加検証やサポート範囲の拡張などの追加の費用計上がやりにくくなる(∵長期契約を条件にとにかく「できるだけ安く」しているから)
   →入札は基本的に「前回よりも安く」の力学が働き、その中でサポートは軽視されがちになる

 

【中編】

it-education.hatenablog.com

中編のサマリー
 ・「学校におけるIE縛り」より実は民間企業の方が縛りがキツい
 ・個人のIT環境(コンシューマIT)の方が企業のIT環境(エンタープライズIT)より実はだいぶ進んでいることが多い(∵OSやブラウザのVerUPの障壁が少ないから)
 ・企業も学校も、特定のOSやブラウザのバージョンが上がることで、今動作しているアプリやシステムの動作に影響が出る可能性がある  
 ・そのため、導入時にあらかじめ「このバージョン、このブラウザであれば動作」と動作保証範囲を業者から決めうちされる(∵動作の”保証”には検証が必要)
 ・IEを作ったMicroSoft自身も「もうIEは使わないで」と呼びかけているものの、様々な事情で置き換えはIT専任者がいる企業でも進んでいない、況や学校をや
 ・それ以外にも、学校現場そのものが「今までと操作や見た目が変わるのが嫌」と変化を拒む傾向があり、変わった内容の通達や研修などが見えないコストや壁になってなかなか新しい環境が浸透していかない

ということで、いよいよ後編の「解決策編」に行きたいと思います。なお、ここで提案する解決策はいずれも筆者の「個人としての意見」であり、所属している組織を代表する意見でも、それらの組織の方向性を示すものでもありません。文責はすべて筆者個人にあります。

 

目次

 

6月に相次いで発表された国の方針を確認する

内閣府

 内閣府では様々な政策を省庁横断で検討されていますが、その中でも教育に関する話題が多く取り上げられているのが「規制改革推進会議」という会議体です。特に2019年3月11日にはニコ生やYouTubeでライブ中継も行った「最新技術を活用した教育の推進」という会議があり、当方も生でみていましたが非常に熱いやりとりがされていました。議事録および映像のアーカイブ内閣府のHPにあるので、ぜひ一度、見ていただければと思います。

www8.cao.go.jp じつはここでの議論を踏襲する形で、規制改革推進会議は6月6日に一つの検討の取りまとめとして「規制改革推進に関する第5次答申」という成果物を公表しました。この中に教育でのITの活用に関する話題が登場します。

 規制改革推進に関する第5次答申
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/suishin/meeting/committee/20190606/190606honkaigi01.pdf

 該当の記載は5.投資等分野 の先頭、41ページから「(1)教育における最新技術の活用」の項に記載されており、主に以下のような内容からなります。

 ・学校の教育用コンピューターは2019年3月段階で全国平均5.6人に1台スマホの校内持込は依然禁止されており、世間のデジタルデバイスが当たり前という環境と学校は大きくかけ離れている
 ・社会の急速な変化への対応の面に加え、教育現場の課題も多様化していることからICTを活用した個別最適化をしないと厳しくなっている
 ・外部人材の活用による教職員の負担軽減も重要
 ・通信制や通学制、教科等の枠組みを超えた仕組みもすでにあり、それらを参考に学校を取り巻く仕組みを変えていく必要がある
 ・そのために以下をやる
  - 全小中高の生徒児童に対して5年以内のなるべく早期にデジタル技術が活用できる環境整備を行う、その工程表は文科省が作る
  - 教育用コンピュータと通信環境は、一人1台環境の早期実現に向けBYOD(Bring Your Own Device:個人の保有する端末を学校に持込むこと)や自治体をまたいだ共同調達など様々な手段を講じる
  - パブリッククラウドの活用を前提とし、ネットワークの充実とセキュリティの 向上を行う(そのためのガイドラインを今年度上期に示す)
  - デジタル教科書は児童生徒の学習上の課題解決に資するものとして海外事例も参考にそのあり方を検討する
  - 高等学校の全日制で一部を通信制で学んでも単位として認める制度の検討
  - 不登校・病気療養中でも児童生徒が遠隔や最新技術で学べる環境を整備
  - 最新技術を活かした教職員の業務効率化と、外部人材の活用を通じた教員の役割の見直し
 ※筆者の解釈が含まれるので詳細は必ず原典を当たってください

文科省

 上記の第5次答申 を踏襲する形で、2019年6月26日に文部科学省から「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)」が公表されました。「概要編」がよくまとまっていて短時間で目を通せるようになっています。
【概要】新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2019/06/24/1418387_01.pdf

 ・Society5.0時代に求められるスキルの獲得と、多様化する子供達、学校の教職員に期待される役割の変化を踏まえ「多様な子どもたちを誰一人取り残すことのない、公正に最適化された学び」の実現が必要
 ・そのためには教育への最新技術の適用が必要で、IT基盤の整備が必要
 ・同時に、教育ビッグデータの効果的な活用の在り方の検討が必要
   →そのためには学習単元内容の標準化・コード化なども必要
 ・教育端末の整備計画については今年度内にロードマップを示す
   →端末は本体の28ページあたりを読むと、米国は300ドル以下に需要が集中、個人向けは4-5万円で買えるのに学校では…という記載があることから、期待値として3.5-5万円程度/台を見込んでいることがわかる
   →期待されるスペックについては概要の14ページに記載あり
   →ここでもBYODの記載がある
 ・学校ネットワーク環境強化とセキュリティ対応のためにSINETを初中等教育に解放
 ・パブリッククラウドの活用を前提とし、そのためのガイドラインを整備
 ・教職員がEdTechを活用しやすいよう、アドバイザー派遣や教職課程の見直し等を行う

 ※筆者の解釈が含まれるので詳細は必ず原典を当たってください

経産省

 経産省文科省と同日の午後に提言書をリリース。文科省は教師目線・教育委員会目線の記述が多いのに対して、経産省は「学習者中心」で「よりクリエイティビティを発揮した学び」を「官民連携」で作ろうという意向が強いのが特徴ですが、テクノロジーの活用により児童生徒や教職員の課題を解決しよう、というベクトルは文科省と完全に一致しています。こちらはまだ概要編がでていないので本文にリンク。

「未来の教室ビジョン」(「未来の教室」とEdTech研究会 第2次提言)
https://www.meti.go.jp/press/2019/06/20190625002/20190625002_01.pdf

 ・一人ひとりが未来を創るために活躍できる環境を、IT面、制度面、学び方面で整えていく必要がある
 ・その3つの柱が「学びの STEAM 化」「学びの自立化・個別最適化」「新しい学習基盤づくり」
 ・「学びのSTEAM化」には、Web上に「STEAMライブラリー」の構築、地域に「STEAM学習センター」の構築を試み、これを利用するための時間は既存の教科指導をEdTechの活用で効率化することで捻出する
 ・「学びの自立化・個別最適化」のために、一律・一斉・一方向授業から「EdTechによる自学自習と学び合い」へと重心を移行し、学習ログの活用や既存の制度の改善・改訂などを進める
 ・「新しい学習基盤づくり」として
   - ICT環境の整備(1人1台パソコン・高速大容量通信・クラウド接続の実現、調達改革・BYOD・寄付)
   - 学校BPR(業務構造の抜本的改革)の試行・普及、部活動に縛られない放課後の充実
   - 教師自身がチェンジ・メイカーとして、学校外の人材と学び、協働し続ける環境の整備
    を推進
  ※筆者の解釈が含まれるので詳細は必ず原典を当たってください

 ここで、3府省に共通するワードとして重要になりそうなのが、学校におけるデジタル環境の整備(端末、ネットワーク、セキュリティ)、教員の働き方改革、学びの個別最適化、パブリッククラウドの活用、BYOD、といったところになりそうです。

 これらの方向性を踏まえるならば、端末をある程度安く調達してはやく全国に配備しようという論調から、端末の性能よりもクラウド側で処理をする方向性に振れるのは間違いない。
 さらに、BYODがここまで前面にフォーカスされるとなると、生徒児童によって使っている端末のOSがバラバラになるのは必至。であれば、ネイティブアプリを個々に開発するのは大変なので、基本的にはブラウザベースで一部だけアプリを使うか、全部ブラウザで済ませるか、の実質2択になると思われます。
 ということは、クラウドにあるコンテンツへのアクセスには当然ブラウザが重要であり、今までのローカルシステムやネイティブアプリに近い使い勝手を得るには、少なくともモダンブラウザの利用は必須と言って差し支えないでしょう。
(だいぶ遠回りしましたが、要はこれらの政府方針を実現するなら「モダンブラウザ」を利用することはもはや「当然の前提条件」にもなってきます)

 

・短期的な対処法「既存契約の見直しの検討」

 とはいっても、前編や中編で論じたポイントから、学校へのモダンブラウザの導入をおいそれと行うことは難しいのはご紹介した通り。ただ、ここまで教育におけるITの活用という文脈が政府から強く打ち出された前例は(少なくとも当方が高校生くらいから教育ITに関心を持っていろいろ調べはじめてからの20年弱の間には)記憶がなく、控えめに言っても「大きな潮目の変化」が訪れている、ということはできます。

 そこで、すでに5年契約などの長期契約で学校のICT環境を導入・更改した自治体や学校についても、他の自治体や学校がこうした方針や政府がこれから行う施策を通じていきなり動くことも想定し、「既存契約の見直し」や「業者との話し合い(場合によっては教育委員会に動いてもらう)」、そして「現場でのこうした変化・潮流の共有」を進めていくことが重要と言えます。特に最後の”共有”が今は一番重要かもしれません。

 少なくともどんな先生も「より良い教育を提供したいが、いろんな意味で手が足りない」というジレンマを抱えており、学校の業務の多くが「ほとんどが足し算で、何かをやめることに必要なエネルギーが異様に高い」という悩みを共有しているはず。ならば、「国レベルで学校の業務改革を考えているらしい」という話は(基本的に新たな難題が降ってくることの方が多い現場から見たら)ありがたい話のはずです。(今回は文科省だけでなく、民間をよく知る経産省が一緒に動いているというのもポイント)

 そして先生同士のベクトル合わせが重要なのは、「業者との話し合い」においても重要です。なぜなら「ある学校の、ある先生だけの要望」よりも「みんなが求めていること」の方がはるかに優先度が高く、かつ、共通性がある課題に手を打つことは結果的に今後の「サポートコスト」の低減や将来の問題を未然に防げる可能性に繋がるので、業者としても動きやすくなります。学校同士でこうした国の動きを捉えて「声をそろえる」ことはとても重要なのです。そのベクトルの一つとしてぜひ「モダンブラウザを使う」という意義を共有し、要望事項に入れていきましょう。

 民間業者の方も、少なくともここまでお読みいただければ「遠くない将来にこのあたりの領域のサポートが必要になる」ことはすでにおわかりでしょうから、現場から声が聞こえてきたらぜひ、自社の将来のビジネス力の強化も踏まえて対応を検討していただければと思います。

 

・根本的な対処法「学習用端末の分離」

 上記は比較的短期間(1-2年くらい)で草の根的に進める動きですが、そうはいっても学校の今のコンピューターはフィルタリングや機能制限、環境復元ソフトでガチガチ、モダンブラウザを入れることに成功したとしても、国の示しているデジタルを活用した「公正に個別最適化された学び」には、端末、通信環境、個人情報の保護など様々な面で程遠いという状況かと思います。

 そこで重要になってくるのが「次に学校のICT環境を整備・更改するとき」にどのような手を打つべきか、です。そしてこれを機にちゃんと考えて欲しいのが「学習者中心のICT環境構築」です。

 先に結論を書いてしまうと、筆者は以下のような方策をとれば政府の方針も加味して今後「戦える」ICT環境が構築できるのでは、と考えています。

 ・従来型のPC教室”のみ”の環境からの脱却
 ・一人1台を前提とした「環境復元ソフト」や「端末制御ソフト」依存からの脱却
 ・iPad または ChromeBook の安価なモデルを導入し、MDM や 管理コンソールを導入し、テキスト・表計算・スライド作成は無償のツールを用いる(※)
   →これでクラウドが前提の作業環境が構築され、両方には最初からモダンブラウザが入っている状態が担保される
 ・iPadの場合は、小学校3年以上をメドに「キーボードのBYOD」を導入する
 ・高校以上は基本的にBYODを前提にし、WiFiとインターネット回線強化に予算を寄せて「いつでも気になることが調べられる環境」を構築する
 ・OSのBYOD機能が使える場合は、できるだけそれを活用する
(※少々専門的ですが、iPad についてはApple Shcool ManagerとManaged Apple IDに、何らかのMDMシステムを組み合わせること、ChormeBookについてはChorme管理コンソールを用いることを前提に上記は書いています) 

 従来型のPC教室は、一般的なPCを使いたいケースは残ると想定して最小限の環境にしてできれば残すのがベターと考えますが、別途一人1台の環境が整備できるならば、その時の端末はできるだけ小型軽量でいつでも持ち運べるものが良いでしょう。少なくともすぐに起動してすぐにスリープできることや、バッテリーの持続時間、そして3.5-5万円となると、現実的なのはiPadとChormeBookということになると思います。どちらもOSレベルで教育期間での利用が想定されています。

 もっと言うと、小学校低学年は(執筆時点の2019年7月21日時点では)ほぼiPad一択と言う気がします。というのも、ChormeBookの大半はログイン時の認証がIDとパスワードになっており、まだローマ字入力を習っていない低学年においてはこの認証方式がひとつの壁になるからです。Windows Helloのように顔や指紋認証をファーストにするという動きもありますが、低学年は圧倒的に生体認証の方が便利で、先生に余計な負担がかかりません。学校の先生がICTを嫌いになる理由の一つが、紙を使っているのであれば不要な「アカウントの発行と管理」および「そのアカウントへのログイン」という工程に悩まされること。絶対にパスワードを忘れる児童がいて、そのサポートのために他の児童が待たされたり、パスワードの再発行に四苦八苦することが多ければ、授業をする以前に嫌になってしまうでしょう。ChromeBookについては、カメラを用いた二次元バーコードの活用、指紋・顔認証などを低価格モデルにも拡充して欲してくれれば、より使いやすくなるでしょう。Androidについては大抵は生体認証がついていますが、最近ではタブレット型端末のラインナップが少なくなっており、将来性に少々疑問があります。

 で、モダンブラウザについてですが…。端末と環境レベルでこれらが導入できれば、iPad であれば Safari、ChomeBook であれば Google Chrome という「モダンブラウザ」が最初から入っています。そして、政府の方針はこれくらいの価格帯の学習用端末をできるだけはやく「一人1台」にする、というものであり、一人1台であれば、「他の人が共用する」ことを前提に「できるだけ設定を変更されたくないし、変更されても元に戻す」という仕組みを導入する意義が薄れます(むしろ、自分専用の端末が担保されるんだったら、積極的に使いやすいように工夫したくなるのが自然)。もちろん、できれば指導の上で環境が整っていた方が最初は先生は楽ですが、先生よりも児童生徒の方が「どのアイコンを起動すれば何ができる」といったことを覚えるのが早いので、意外と環境復元ソフトがなくても大丈夫ということに気づくのではないかと思います。(こうした仕組みを多く残せば残すほど、これまでに述べた業者さんによる「検証」して「動作保証」するという仕事の範囲が小さくならず、同じ問題が再燃するからです)

 これにより、学習上絶対に必要ない一部のソフトについては禁止や監視(もし入っていたら遠隔で消す)をするという方向として、個々人が学習に必要だったり効率化に資するアプリやWebページはできるだけ自分なりに試行錯誤して使える環境にしていくこれならScratch3.0ももちろんOK!)、学齢に応じて制限やフィルタリングも徐々に緩和していく(クラウドベースなら対象の機器の設定変更もほぼ一発)、というやり方が現実的になっていくでしょう。

 なお、このような環境で使われる端末はすべて「学習用に特化した端末」ですので、教職員が使う「成績処理」などの機微情報を扱うネットワークとは完全に分離されていることが重要です。ここを間違うと、上記が崩壊します。(最後の方にセキュリティの話題として少しこの部分を補足します)。

 

・BYODをどう活かすのが近道なのか

 そして、上記の方策にはBYODを踏まえて2つの要件を書きました。

 一つ目が「キーボードのBYOD」と言う提案です。

 前述の文科省の提言書には「小学校中学年以上はキーボード付きの端末」という要件があり、「中学年」の根拠は小学校でローマ字を習うタイミングにあると見ています。というのも、キーボード入力の多くはローマ字が前提になっていることから、中学年以上でないとそもそもキーボードがあっても使いこなせないからです。
 一方で、教育用コンピュータで最も頻発するのが、キーボードのキーが取れるとか特定のキーだけ反応しなくなるといったキーボードの故障に伴う問題です。特に、キーボード一体型の端末だと、それが壊れていたり修理している間は代替機などを用意しておかない限り、学びに制約がある状態が生まれてしまいます。

 そこで提案したいのが「じゃあキーボードだけBYODにすればいいじゃない」という案です。特にiPadについては過去の事例ベースでは5年くらい前のモデルでも最新のOSにアップデートが可能という「IT業界にしては珍しいほど製品寿命が長い」のが特徴なので、低学年向けにiPadを導入したならばできるだけそれを学年が上がっても使いたい、という発想になるはず。幸い、iPadサードパーティ製のキーボードが安ければ2000円台であり、壊れたら各家庭で買い直すなり、学校がキーボードを配備するなりするコストが大幅に安く済みます。それにキーボードはある程度、端末の扱いに慣れてくればくるほど、個々人の好みが出てくるところ。押し着せ仕様の物の利用を強制されるのは、ゆくゆく結構な負担になります(というのは、会社などで日常的にICT機器を使っている人であれば理解していただけるのでは)。
 そう言う意味ではChromeBookも別に「Book」型である必要は必ずしもなく、タブレット型+Bluetoothまたは有線のキーボードでもいいよね、という話になってきます。また、タブレット型の最大のメリットは「タッチパネル」が付いていること、机がない場所でも使えること、大半のモデルでオプションとして「ペンによる操作」がサポートされていることが挙げられます。よくiPadはキーボードが付いていないと(特に北米では)揶揄されるようですが、キーボード操作が基本でタッチパネルがないノート型端末はそもそも「机のない場所では超絶使いにくい」という欠点があります。普段PCなどを使うのがデスクや会議室という大人には想像しにくいのですが、学校では校庭での観察であったり、教室の机を端によせて行うアクティビティであったり、意外と机がないシーンでの利用がある点は抑えておくべき。(ちなみにキーボードが180度回転してタブレット状になるChromeBookも人気がありますが、可動部が多い=壊れやすい、ノート型と比較すると値段が高め、アウトカメラが使いにくい、などの課題もあります。この辺はたぶん、メーカーさんが頑張って早々に解決してくれるはずなので、あくまで現時点の課題ですが。)

 そして高等学校にもなると、おそらく学校が指定する押し着せ仕様の端末を使うこと自体に無理が出てきます。個別最適化された学びをするのであれば、生徒のバックグラウンドが非常に多様な高校では、統一仕様が邪魔になる可能性すらあります。ある程度ガイドラインを示した上で「各家庭で端末を購入して持ち込んでください」というやり方のほうが圧倒的に理にかなっていると筆者は考えます。事実、高等学校のBYODの先駆けである千葉県の公立高校、袖ヶ浦高校では(たしか)2012年から学校が「iPad」という指定はするものの、色、容量、セルラー機能の有無などは各家庭に任せる、というやり方でもう何年も運用されています。ただ、クラウドベースの教育環境が充実すれば別にiPadに限定する必要もなくなるでしょうし、キーボードやオプション品の有無は各家庭に任せればいい。もっと言うならば、あまり詳しくない自治体の職員が無理して統一仕様の端末を調達することに税金を使うくらいならば、各家庭にBYOD用の端末を購入する補助金を支給するほうが現実的であるとすら筆者は考えています。

 とはいえ、BYODには「個人の端末に学校に関する情報と個人の情報が混在すること」という課題があります。こうした課題はすでに企業でもだいぶ前(BYODがフォーカスされた2013年ごろ)に蓄積された経験値が活きるところですが、iPadについてはこの秋にリリースされる iPad OS や iOS 13 が「BYOD」機能をサポートし、個人のIDに加えて組織(学校や企業)の「2つめのアカウント」を持てる仕組みが実装されますいくつか制約条件もあるかもしれませんが、こうしたOSとしてのBYODをサポートする仕組みは学校向けには特に有効と考えられ、場合によってはタブレットやコンピューターだけでなく「個人のスマートフォンのBYOD」にも適用できる可能性があるかもしれません。このように、BYODの時代を見据えて今から検討できることは、けっこうあるのです。

 言うまでもなく、BYODで持ち込まれる端末には最初から「モダンブラウザ」が当たり前のように入っていますので、ガイドラインさえちゃんと整備すれば、ブラウザ問題は知らないうちに解消していることでしょう。

 

 この解決策を進めるための課題

 とはいえ、上記の解決案は万能ではありません特にBYODの推進に当たっては、もっとも怖いのが「セキュリティ」の問題です。実際に佐賀県の高等学校では高校生が教職員ネットワークに侵入して情報を盗み出すという事件も発生しましたし、(全員がそうと言うわけではないですが)学校の先生のITリテラシーや情報セキュリティ意識はこれまで学校があまりIT化していないこともあり、残念ながら平均値でみたら他業界よりも低いと言わざるを得ません。

 そのため、IT環境をちゃんと使えるような研修であったり、情報セキュリティの意識を高めていくための仕組みは、整えないといけません。ただ、IT機器を用いて校務や教育指導が効率化されないと新たな研修の時間を確保するのもなかなか厳しいでしょうから、このあたりをきちんと設計して前に進めていくための具体的な方策を考えていかないといけません。

 特に文科省が具体的に示している「SINET」という、大学・研究機関が用いている高速・高セキュリティネットワークに小中学校を接続するにあたっては、今の学校や教育委員会のセキュリティレベルだと「かなり不安」という方が多いと思われます。このあたりは、教育委員会が管轄する学校間のネットワークであったり、インターネットに接続させる端末の管理や通信の監視であったりと、求められる前提条件が出てくる事でしょう。それに「学校から先のネットワーク」がいくら整っても、生徒に一人1台の端末が行き渡ったとしても、学校内の「WiFi環境」の整備が行われなければ、インターネットにもネットワークにもつながりません。特にクラウドにつながらないと実質的に何もできないChromeBookにとっては致命的です。LTEや5Gを使う方策も提言書では示されていますが、LTEなどの携帯電話のネットワークに接続できるモデルは現状、WiFiだけを搭載するモデルより1万円〜1.5万円ほど高くなり、端末ごとに毎月の維持費もかかります。ただ、WiFiの整備にはかなりのコストがかかる(家庭用のアクセスポイントやルーターでは、学校特有の「先生の合図で一斉にみんなが通信する」というケースに耐えられないことがおおいため、相応の設備が必要)ということもありますので、LTEをつかうか、WiFiを整備すべきかは、学校の児童生徒の人数など「規模」によって解が違ってくるでしょう。

 ただ、期待したいのが5Gです。実は筆者は日本で初の5Gの学校での実証事業の企画立案と立ち上げに関わった経験があります。実際の実施のタイミングではこの事業を離れてしまいましたが、WiFiの整備なしに同時に多人数が大容量の通信を(しかも今までよりも低遅延で)行える可能性が以下の記事からは伺えます。

news.kddi.com

  従来のLTEだとどうしても多数の生徒児童を抱える学校が一斉に同時接続をすると一人当たりの通信速度が遅くなるという課題がありました。このあたりが、5Gにより実用的なレベルになるかもしれません。もちろん、固定回線の優位性は揺るがないのですが、(特に地方や地域のインフラ整備という課題解決において)今後の有力な選択肢の一つになるかもしれない、とは個人的に期待しているところです。

 

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 上記のような内容は、すでにいろんな自治体で先行事例や課題があるのですが、それぞれの情報がまだ十分に共有されていないのが実態です。ただ、このあたりの情報の取りまとめにおいては総務省が頑張っていて、教育におけるクラウドの活用のガイドブックや調達のガイドブックなども公開されています。セキュリティについても、既存のものは判断に迷う部分があり自治体・行政担当者には頭が痛い問題だったのですが、そのあたりも今後、手を入れられそうな状況になってきました。

 

 重要なのが、こうしたITやネットワークの知識を持っている技術者の方が教育分野の状況を理解すること、そして教育分野に精通する方がITやネットワークなどの動向を理解すること、つまり「相互理解」になります。それぞれがそれぞれの悪口を言っていても、絶対に状況は改善しません。ただ、お互いが使っている用語や言語はかなり異なっているので、両方の言葉を「通訳できる人」、つまり両方の領域の橋渡しができる人がこれからとても貴重になってきます。(たとえば、熟練のICT支援員であったり、教育情報化コーディネータ(ITCE)の2級以上を保有している人であったり、学校や大学において情報システムを担当して試行錯誤をしている実践者などがこうしたことができる人、ということになります)

 政府の大きな方針を実現させていくには、教育者、IT技術者、双方の通訳ができる人の3者が一体になって、全国各地の課題解決に挑むチームが必要でしょう。私自身はまだまだ技術面も教育面も浅いと言わざるを得ないものの、一応は両方の世界をみてきた自負はありますので、こうした動きを微力ながら支援していければと考えています。

 

 ということで後編は12000字を超える長文になってしまいましたが、このエントリーを読んでくださった方、ぜひご意見やツッコミはもちろん、「じゃあこういうことやっていこう」みたいなご提案やお誘いをくだされば大変嬉しく思います。

 最後にもう一度、本エントリーはあくまで「個人」の立場で書いており、所属している組織を代表するものではないということを改めて宣言しておきます。