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モチベーションワークス株式会社 および 一般社団法人iOSコンソーシアム 代表理事 野本 竜哉 による、ICT機器を活用した学習の動向をレポートするブログ。ここでの投稿内容は、所属組織を代表するものではなく、あくまで個人としての情報発信となります。

(たぶん)全国初、「完全キャッシュレス」文化祭を取材してきた

 2022年6月11日(土)〜12日(日)、静岡県三島市にある日本大学三島高等学校・中学校(以下、日大三島)で「完全キャッシュレス」な文化祭が開催されるというお話を聞いて、遊びに行ってきました。コロナによる各種制限が多少収まってきた状況であったとはいえ、感染対策と人との距離には十分気をつけながら、この取り組みの意義や目的について現場の先生方にお話を伺ってきました。

 ちなみに当方は、過去にKDDIに在籍した際にこの日大三島さんにauLTEを利用できるiPadWiFi+Cellularモデル)の初期導入を支援したSEであり、その頃から同校とはやりとりがあったのですが、今回の企画については一切の関与がなく、純粋に「お客さん」の一人として見学してきた感じです。(現在は私はKDDIを退職していますのでこの記事もステマとかではなく、純粋に面白かった、興味深かったことを綴っています)

 文化祭に限らず学校行事で現金のやりとりが発生すると、実は付随していろんな課題やめんどくさい事象が発生するため、そもそも中高の文化祭では有料の飲食物提供や有料サービスの提供自体をしないケースも多いと思います。一方でこれまで文化祭でお金を扱ってきた学校も、コロナの影響で文化祭を中止あるいは大幅縮小していた中、今年は久々にフルスペックに近い文化祭を復活させようとする中で「非接触」の実現にあたり「現金のやり取り」が課題としてよりも重くのしかかってくると悩んでいるかもしれません。そんな方々に参考になるかな?と思って、今回はこの「キャッシュレス文化祭」の記事を書いてみようと思います。

 なお今回取材した日大三島のキャッシュレス文化祭「桜陵祭」には、色んな意味で教育的な意義があることがわかりました。また今回の文化祭はあえて「現金を一切扱わない」「キャッシュレス決済をできない場合は後日請求し当日は現金を受けない」「支払い方法はau Pay一択」というかなりストイックな選択をしており、後述しますがこれがけっこう大きな意味を持っているということも見えてきました。

 ということで、以下、ご覧ください。

 

 

「キャッシュレス文化祭」の歴史

 「キャッシュレス決済を導入した文化祭・学園祭」は、これが全国初なのでしょうか? 興味を持ったのでまず、中高に絞って調べてみました。(大学については、それなりに事例があるようです)

 調べてみると、キャッシュレスを導入した文化祭の事例は2019年ごろから徐々に出てきていたようです。例えば公立学校である船橋市船橋高校ではPayPayを使った文化祭の事例が見つかりました。ただ、記事を読む限り「現金かPayPayかを選べる」という方式だったようです。

xtrend.nikkei.com

 また、私立学校では検索した限り、2021年10月に聖光学院中学校でキャッシュレスでの文化祭を実施した記事が見つかりました。また、つい最近、22年5月に開催された同聖光祭ではPASMOやiD、QuickPayなどほぼフルラインナップの電子マネーが使えたというレポートも見つけました。

www.vitaminmama.com

mogiraffeblog.com

 

一方、前述の通り、日大三島の文化祭「桜陵祭」では、

・あえて決済方法は「au Pay」のみ(理由は後述)

・現金の支払いは不可能

au Payが使えない場合、後日請求の仕組みを導入(その場では現金を受けない)

というやり方をしていました。つまり「完全に現金を扱わない文化祭」という意味では、探した限り、たぶん全国初なのではないかなと思います。(が、個々の学校の文化祭の情報がすべてWebにあるわけではないので、もし「前例知っているよ」という方はぜひ教えてください)
 例外として、従前より券売機方式を採用している学食での飲食には現金が必要でしたが、文化祭の出展物としての店舗での決済は全てau Payでした。この思い切りは結構勇気が必要だったと思います。au Payが選定されたのはおそらく同校がauLTE iPadを長年採用しており、運営元であるKDDIグループの協力が得られたなど大人な事情なのかなぁ(笑)とか思ってました。とはいえ多数の種類がある電子マネーをあえてau Payに一本化したのはなぜだったのでしょう?

 

売上状況をリアルタイムで把握でき、全取引を一括DLできる

 正直、最初に聞いた時には「せっかくだからPayPayとか他のQRコード使った決済にも対応すればよいのに」と思ってたのですが、取材をしてみてau Payに一本化されていた理由が前述の「大人の事情」ではないことに気づきました。それが、見出しにも書いた「全ての売上がリアルタイムで1ヶ所で把握できる」ことの意義です。

 実は日大三島は中高で全校生徒2000名を超える、静岡東部でもかなり大規模な私立学校で、保護者の数も当然それ以上の規模になります。OB/OGの人数も相当ですし、もともと地域と連携したイベントをやることが多かった学校なので、一口に「文化祭」と言ってもその規模や気合の入り方が多くの人の想像を大きく上回ります。例えば2018年にはこんなことやってます。

www.chunichi.co.jp

 つまり、相当な来場者数が見込まれる文化祭で、学校の規模も大きいので、あちこちの見えにくいところでお金にまつわるトラブルが発生してもおかしくないわけです。

 しかし、今回はすべての決済がau Payに集約されていたことにより、auPayのシステム管理画面でリアルタイムに全ての売上や返金などの取引履歴が一望できます。その様子を現場の先生に見せてもらいました。

管理システム側で全ての売上をリアルタイムに表示している様子

 そして、ここに表示されている情報は全てCSVとして一括ダウンロードができます。言い換えれば、2000名規模の学校の文化祭における全ての決済情報をau Payに集約することにより、文化祭全体の振り返りが瞬時に行える(全体のCSVから自分達の店舗のデータのみをフィルタして分析したり、売上の大きい他の店舗の情報を参照したりできる)ことを意味します。売上履歴を見れば、在庫の枯渇や客足の鈍化なども浮き上がってくる。これまでは現金のやり取りを全て何らかの方法で記録する担当が必要だったのですが、それが自動集計されることで確実なデータを生徒側も先生側もリアルタイムで把握できる。その経験は、翌年の仕入や運用にあたっての経験値として生徒たちの中に残るでしょう。これは文化祭の運用面でも、そして文化祭という学校行事の「後」の振り返りという教育的な意味でも、かなり大きな意義を持つことがわかります。

 

事前準備は大変だったが、始まってみたら順調

 私が訪問させていただいたのは初日の土曜日。この日は基本的に保護者中心の来場で、事前に「今回の文化祭ではau Payを使って支払いをします」ということを周知してあったこともあり、それほど大きな混乱はなかったようです。実際、在校生や保護者向けには学校公式のブログメディアを活用して情報周知を行なっていました。特に「au Payはケータイがauじゃなくても使えます」というのが意外と知られていなかった?ようで、この部分は以下のリンク先のページを見るとわかるようにきちんとした手順書を展開して丁寧に説明をしてきたようです。

yellz.jp

 

 事前準備については初めてづくしで学校の先生としても生徒としても日々、問題解決の繰り返しと言っても過言ではないタフなものであったと思いますが、当日始まってみると決済回りの課題は意外と順調だった模様。前述の管理画面を見せてくれた先生によると「2日間の決済回数は約7000件、そのうち返金処理が発生したのは2件だけ」とのこと。この情報は当日の夜に教えてもらったのですが、それくらいデータが瞬時にわかり、問題が発生した経緯も把握しやすいことになります。ちなみに2日目の日曜日はチケット制で一般の方(OBやOGも一般枠)やメディア関係者なども参加したため、もう少し状況が大変になっていたかもしれません。ただ、今回はau Payに一本化したこともあり、au Payの設定を支援するための特設ブースにてKDDIグループの皆さんが支援に当たっていました。複数の電子マネーを導入しているとこうはいかないので、これも一つのやり方かもしれません。

au Payの設定サポートをしていたKDDIブース。2回決済するとくじ引きで景品がもらえるキャンペーンもやってた。

 

実際に支払ってみた

 ということで、せっかくなので私も会場を回って幾つかの店舗で支払いをやってみました。au PayはQRコード決済なので、スマホタブレットQRコードを読み込むと、それがどの店舗なのかを判別します。そこで金額を入力し、お店の人に確認してもらってから画面下部をスワイプすると、決済が完了します。

実際に決済する筆者の図(店舗の方のお顔は加工させていただいています)。

決済金額の入力画面。金額を確定すると、画面下部にスライダーUIが現れ、ここをスワイプすると決済が確定する。

 

 QRコード決済は、昨今飲食店で導入しているところが増えてきたので時折使っていましたが、決済のユーザー体験は本当に普通のお店でQRコードで支払っているのと何も変わりません。今回QRコード決済を初めて経験した人にとっては新鮮だったかもしれませんが、個人的には「日常と同じことが学校の中でできた」という不思議な雰囲気を味わった、という感じです。学校って、(裏側にはいろんな理由であるわけですが)社会から見るといろんな部分がだいぶ遅れているというイメージが強いですが、今回は社会の当たり前が学校でも通用したという意味で、良い方向に期待が裏切られた感があります。

 

でも、お高いんでしょう?

 ここまで見ると「いや、でもこの仕組みって結構お金かかっているよね。大規模私学だからできた話なんじゃね?」と言いたくなる方も多いと思います。

 が、今回のこの仕組みは「いろんな意味でタイミングが良かった」ということもありますが、準備などに費やした人的なコストはあったとはいえ、システム導入やサービス料などどいった「導入にかかったコスト」はほぼゼロだったそうです。

というのも、

au Payは、管理者向けのシステムアカウントを取得すれば学校でも「店舗運営者」になれる

・店舗運営者は配下の店舗(今回の場合はHRとか部活単位が店舗)を設定し、その店舗ごとに専用のQRコードを発行する

・店舗は特殊な読み取り装置を配置する必要がなく、上記で発行された自店舗のQRコードのプレートを置いておくだけ

今年の9月までは、au Payの決済手数料もキャンペーンにより無料

という形になっているからです。実は裏話として、当初は他の決済手段も検討したのだそうですが、読み取り端末を店舗数だけ用意する必要があったり、システムそのものの導入費用がかかるといった理由でハードルが高く、結果的にシンプルなQRコードで決済ができるau Payが選ばれたそうです。

 ただ、10月以降は当然クレジットカードなどと同じように決済手数料がかかるので、その手数料の原資をどうするか?という課題があります。これを解決できるかどうかが、秋の文化祭シーズンでキャッシュレス決済を活用できるかの分かれ目になりそうです。「この手の手数料をある程度定額制で支払えるような文教向けの特別施策があれば、より利用しやすいかもしれない」という声を今回の文化祭の話に触れた他の学校の先生から伺いましたが、確かに手数料のような変動費は学校運営にとって結構厄介なものなので、固定的な経費として扱えると良いかもしれません。

 

キャッシュレスがもたらす、文化祭のDX

店舗で実際に来場者からの決済を受けている様子。au PayのQRコードのプレートが見える。

 筆者は、今回の文化祭が「キャッシュレスを導入した」で終わらず、「完全にキャッシュレスに一本化した」ということに大きな意義があったと思っています。というのも、文化祭で現金を扱うのには冒頭で述べた通り、思った以上に大変な準備や後行程が必要だからです。それが、かなりの部分、解消することがわかりました。

 例えば、今回の取材の中で分かったこととして

各店舗で現金を扱う場合、釣り銭を事前に充分用意しておかないといけない。商品以外に釣り銭の在庫管理が必要で、場合によっては両替などの対応も必要になる。キャッシュレスになると、これを全く考慮しなくても良くなる。

・店舗でお客さんから預かった現金(売上金)がこの学校の規模になるとかなり大きくなるため、物理的な現金が盗難や紛失にならないよう、現金のある場所に必ず人をつけなければならないという制約条件があった。キャッシュレスなら、そんな心配がない。

今年4月から、51枚以上の硬貨を両替する際に金融機関で手数料がかかるようになった。今回の文化祭のように小銭を大量に扱う場合は、この手数料分、手元に残る現金が目減りすることになってしまうことが課題だったが、キャッシュレス化することでこの課題が克服できた。

・返金が必要になった場合は、返金対応を行う窓口に誘導する方式とした。店舗で返金対応をする際には売上登録時に特殊な操作が必要なこともあるため、支払い待ち行列が発生する起点となりやすいが、今回は窓口を明確して返金担当者が対応する形のため、店舗の負担が少なかった。(ただ、前述の通り返金が実際に発生した件数は少なかった)

こんな感じで、学校の文化祭における決済部分は、前行程と後行程がバッサリ簡略化されており、業務フロー自体が変革しています。単なるデジタル化だけでなく、業務自体が完全に新しいフローに置き換わったという意味でこれはおそらく「DX」という言葉を使ってもよい事例でしょう。

 他にも上記以外にも非接触で決済ができることの(withコロナの時代ではより重要となっている)メリット、経産省などがマイナポイント施策などで積極的なキャッシュレス促進施策を行なったことで世間でも電子マネーに対する受容性が向上していたことなど、いろいろ時代背景的な後押しもあって今回の施策が実現に至ったのだと思います。

 現金の扱いにまつわる手間やめんどくささが、これまで文化祭で「お金」を扱うことを断念させる一つの大きな理由になっていた部分もあるので、そういう意味では「あえて1種類の電子マネーで、完全に現金の扱いをなくす」という選択は、運用面でも教育面でも価値がある事例と言えるかもしれません。

※もちろん、会場では「現金使えないの?」とか「PayPayはダメなの?」といった声も少なからずあったそうです。ただ、今回の取材では複数の決済方法を用意することが必ずしも(運用面・教育的配慮面で)良いわけではないことが分かったのは個人的には発見でした。ただ、保護者や来場者にとっては普段と違う決済手段を登録してもらう手間に繋がるので、この部分は丁寧に説明することが重要そうです。

 

生徒もお客さん、決済は一人1台の「教育用端末」で

 最後に、もう一つキャッシュレス文化祭により見えてきた見逃せないメリットをお伝えしておきます。そのメリットの享受者は、文化祭における重要なお客さんである「在校生」です。

 この学校では冒頭に記載した通り、生徒が一人1台のLTE方式のiPadを持っています。今回の文化祭ではテントなどで屋外に店舗が構えられていたところが多かったので、WiFiの電波が入るとは限らないわけですが、電子マネーは残高の取得などで一定の通信が発生します。しかし、LTE方式のiPadであれば校庭や屋外でも通信が可能なので、児童生徒は普段は「学習用」に使っている自分のiPadの中にau Payアプリをいれて、そちらで決済をしていました。

食品提供店舗に並ぶ生徒。自分のiPadで決済の準備をしていた。

 これは「文化祭で財布をわざわざ持ち歩かなくても良い」ということを意味します。どうしても学校などの大きな行事では、持ち物や財布がなくなると言ったトラブルがつきものです。ですが、今回は在校生含めて全てのお客さんから「現金」での決済を受け付けていないので、財布を携行する必要はありません(もちろん、肌身離したくないということで持ち歩いている生徒もいたとは思いますが)。一方で日大三島生は基本的にこのiPadを授業や部活動、宿題や課題への取り組みなどあらゆるシーンで使っている(実際に筆者は平日昼間に三島市内にあるオフィスとその周辺で仕事をしていますが、街中のカフェなどでiPadを使って勉強している生徒をよく見かける)ので、iPadは普段の「持ち物」と言っても差し支えないでしょう。財布と比べるとiPadの方が大きいじゃん、かもしれませんが、普段から持ち歩いているiPadによって行事中に財布の携行が不要になった(ロッカーなどに入れておけばよくなった)というのは、生徒自身にとってももしかしたらメリットになっていたかもしれません。

 

他にもいろいろな教育的な意義がある(詳細は本件の解説音声で)

 ここに書けなかったこと以外にも、実は教育的な(今年から始まった高校の新学習指導要領や、昨年度施行の中学校の新学習指導要領などに照らした)意義がいろいろあるのですが、既に7000文字になったのでこの辺で筆を置いて、詳しくは本件についてお話ししたClubhouseの録音データに譲りたいと思います。以下リンクからどうぞ。

www.clubhouse.com

 

 今回ご紹介したキャッシュレス文化祭の事例。さて、皆さんの街の学校の文化祭では、近い将来、お目にかかれるでしょうか・・・?もし、「やってみよう」という話になった時、日大三島の先生たちの奮闘の一端を記したこのブログが、何かのお役に立てば幸いです。